人が「第2の人」と出逢うとき
1つの大きな試みが始まります
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クライアント中心療法の創始者カール・ロジャーズは、「治療的なパーソナリティ変化の必要十分条件」*1 について、次のように述べています。
(以下の和訳は『ロジャーズ選集(上)』*2 より抜粋)
建設的なパーソナリティ変化が起こるためには、次のような諸条件が存在し、しばらくの期間存在し続けることが必要である。
他のいかなる条件も必要ではない。この六つの条件が存在し、それが一定の期間継続するならば、それで充分である。建設的なパーソナリティ変化のプロセスがそこに起こってくるであろう。
このうち、3. 4. 5. は、「一致・純粋性」「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」と呼ばれ、セラピスト(カウンセラー)の基本的態度とされています。この3つをもう少しわかりやすい言葉でいえば、まごころと温かい眼差しと思いやり、といったところでしょうか。
こう言い換えると、あまりにも普通すぎて拍子抜けされたかもしれませんが、あなたが普段の生活の中で誰かに話を聴いてもらうときのことを想像してみてください。
それが家族であれ、友だちであれ、恋人であれ、どんなときでも、どんな話でも、この3つの態度で聴き続けてくれる人はそう簡単にはいないのではないでしょうか。親しい間柄であるがゆえに、つい、それはこうした方がいいんじゃない?なんて余計なアドバイスをしてしまう。それが普通だと思います。
さらにここで注目すべきは、ロジャーズは、パーソナリティ変化のプロセスが起こるためには他のいかなる条件も必要ではないと言い切っていることです。精神医学の高度な専門知識も、心理学的な検査も、クライアントを深い洞察に導くための特種な技法も必要だとは述べられていません。
その後、カウンセリングのプロセス研究は随分進みましたが、クライアント中心療法の実践家の中には、今なおこの6条件に他の条件を付け加えることは、クライアント中心療法の本質を損なうものであるとする「古典的な立場」classical position *3 の人たちもいます。かくいう私もこの古典的な立場にできるだけ近づきたいと思っているカウンセラーの一人なのです。
そして、このカウンセリングが効果的なものになるためには、カウンセラーである私が上記の基本的態度を高いレベルで保持し続けることが極めて重要です。
これはまさに、言うは易く行うは難しではありますが、日々、その実践に情熱と真心を傾けることが、クライアント中心療法によるカウンセリングこそ我が道と定めた私のミッションだと思っています。
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また、上記のパーソナリティ変化のプロセスについて、ロジャーズは、論文「クライエント・センタードの枠組みから発展したセラピー、パーソナリティ、人間関係の理論」*4 の中で、次のように述べています。
(以下の和訳は『ロジャーズ選集(上)』*2 より抜粋)
前述の諸条件が存在しかつ持続したとき、以下のような方向の特徴をもったプロセスが展開しはじめる。
ここで重要なのは、6つの必要十分条件が持続すれば、このプロセスは自ずと展開しはじめるということです。カウンセラーがプロセスを展開させていくわけではありません。
もし、カウンセラーがプロセスを意図的に展開しようと試みたりすれば、おそらくその瞬間にカウンセラーにとって最も大切な基本的態度のどれか、あるいはすべてが崩れてしまうことでしょう。
カウンセラーの基本的態度(一致・純粋性、無条件の肯定的配慮、共感的理解)は、そのどれ一つとして簡単にできるものなどありません。カウンセラーは、いまこの瞬間にクライアントの中に生じている思考や感情のすべてを、クライアントと共に深く体験していくことに集中しなければなりません。
そのためには、カウンセラーは面接の間中、常に、いまここにリアルに在り続けることが必要です。私が電話やメールではなく、お互いに顔が見えるカウンセリングにこだわりたい理由もそこにあります。
そして、パーソナリティ変化のプロセスの核となるのは自己概念と自分の経験がより一致するようになってくる自己構造の再体制化の過程(上記の6~8)ですから、それには時間もかかります。
このように6つの必要十分条件のもと、面接と面接との間隔を程よく空けながら相応の期間、カウンセリングを継続していくことで、自ずとこのプロセスが展開していくのです。
*1 文献:Rogers, C.R. (1957). The necessary and sufficient conditions of therapeutic personality change. Journal of consulting psychology, 21(2), 95-103.
*2 文献:Kirschenbaum, H. and Henderson, V.L. (1989). The carl rogers reader. Boston, MA: Mariner Books.(伊東博・村山正治監訳.2001.『H. カーシェンバウム、V. L. ヘンダーソン編 ロジャーズ選集(上)ーカウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文ー』誠信書房)
*3 文献:Sanders, P., Merry, T., Purton, C., Baker, N., Copper, M. and Worsley, R. (2004). The tribes of the person-centred nation: An introduction to the schools of therapy related to the person-centred approach. UK: PCCS Books.(近田輝行・三國牧子監訳、小野京子・神谷正光・酒井茂樹・清水幹夫・末武康弘訳.2007.『パーソンセンタード・アプローチの最前線-PCA諸派の目ざすもの』コスモス・ライブラリー)
*4 文献:Rogers, C.R. (1959). A theory of therapy, personality, and interpersonal relationships, as developed in the client-centered framework. In Koch, S. (Ed.), Psychology: A study of a science, 3, Formulations of the person and the social context. New York: McGraw-Hill, 184-256.
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